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神戸地方裁判所 平成2年(行ウ)22号 判決

原告

前中久子

西村和子

山方ゆかり

椿原まゆみ

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉川実

被告

芦屋税務署長

片山金治

右指定代理人

石田裕一

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告が原告前中久子(以下「原告久子」という。)に対して昭和六三年七月二〇日付けでした昭和六一年七月一一日相続開始に係る相続税の無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二被告が原告西村和子(以下「原告和子」という。)、同山方ゆかり(以下、「原告ゆかり」という。)及び同椿原まゆみ(以下「原告まゆみ」という。)の被相続人西村一三(以下「一三」という。)に対して昭和六三年七月二〇日付けでした昭和六一年七月一一日相続開始に係る相続税の無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、被告が原告久子及び一三に対してした相続税の無申告加算税の賦課決定処分に対して、原告らが、原告久子及び一三において申告書を提出しなかったことについて正当な理由があったと主張して、その取消しを求めた事案である。

一本件処分の存在等(当事者間に争いがない。)

1  原告久子及び一三は、いずれも被相続人久保きく(以下「きく」という。)の子であったが、きくが昭和六一年七月一一日に死亡したので、同人について相続(以下「本件相続」という。)が開始した。

なお、原告和子は一三の妻、同ゆかり及びまゆみはともに一三と原告和子の子であったが、一三が平成二年七月一四日に死亡したので、原告和子、同ゆかり及び同まゆみは、一三の地位を承継した。

2  原告久子及び一三は、相続開始の日から六か月を経過する昭和六二年一月一二日までに本件相続に係る相続税について申告をしなければならなかった(相続税法二七条一項)が、右期限までに本件相続税の申告をしなかった。

3  被告は、原告久子及び一三に対し、相続税の期限後申告書の提出を勧めたが、同人らは、いずれもその期限後申告書を提出しなかった。そこで、被告は、昭和六三年七月二〇日付けで、原告久子に対し、相続税の課税価格を二六七三万五〇〇〇円、納付すべき税額を九五三万四四〇〇円とする相続税の決定及び無申告加算税の金額を九五万三〇〇〇円(納付すべき税額の一万円未満の端数を切り捨てた金額の一〇パーセント相当額)とする加算税の賦課決定処分を、一三に対し、課税価格及び納付すべき税額を原告久子に対する決定処分の金額と同額とする相続税の決定処分及び無申告加算税の金額を原告久子に対する金額と同額とする加算税の賦課決定処分をそれぞれした(以下、右各処分のうち原告久子及び一三に対する無申告加算税の各賦課決定処分を併せて「本件処分」という。)。

4  原告久子及び一三は、昭和六三年九月二〇日、被告に対し、本件処分について異議の申立てをしたが、被告は、同年一二月二一日、右異議申立てを棄却する旨の決定をし、右決定の通知は同月二二日に原告久子及び一三に到達した。

5  原告久子及び一三は、平成元年一月二二日、国税不服審判所長に対して審査請求の申立てをしたが、右所長は、平成二年六月一二日、右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書の謄本は、同月二二日、原告久子及び一三に送達された。

二争点

本件の主な争点は、原告久子及び一三が法定申告期限内に本件相続税の申告をしなかったことについて国税通則法六六条一項ただし書きに規定する正当な理由があると認められるかどうかである。原告ら及び被告は、この点について、それぞれ次のように主張する。

1  原告ら

原告久子及び一三は、本件相続によって相続税の納税義務が生じたことを知り、納税申告書の作成及び提出の前提になる相続財産の内容を知るため、可能な限りの努力を払って相続財産の内容について調査を尽くしたが、次のような理由から期限内に相続財産の内容を知ることはできなかった。

(一) きくは、その夫の西村政治郎と死別した昭和二〇年九月以降、その子である原告久子、一三及び両名の姉である久保好子(本件相続に係る原告久子及び一三の共同相続人である。以下「好子」という。)を婚家に残したまま実家に帰った。昭和三〇年ころ、きくの兄の久保市松(以下「市松」という。)が死亡したため、きくは、市松の財産(この財産のうち残存しているものが本件相続の対象になった財産である。)を相続したが、きくから婚家に残されたままの原告久子及び一三は、きくが相続したこれらの財産の内容を知ることはできなかった。

(二) 好子は、昭和三三年ころ、夫と離婚してきくと同居するようになったが、きくの財産を独占しようと長期間にわたって画策するとともに、原告久子及び一三が好子の同席なしにきくと会うのを妨害し続けたので、原告久子及び一三は、きくからその財産の範囲を聴取する機会がなかった。

(三) 好子は、きくの死亡後も、原告久子及び一三に対し、相続財産の内容を一貫して秘匿し、きくの四九日の法要に際しても、その形見分けをせず、相続財産の内容や遺言等についても知らせなかった。

(四) このような好子の対応のため、原告久子及び一三が遺産分割の調停(神戸家庭裁判所尼崎支部昭和六一年(家イ)第五〇四号遺産分割調停事件)を申し立てたが、好子は、申告書提出期限が経過するまでの間、相続財産の内容を明らかにすることを拒み続けた。

申告書提出期限が迫ってきたため、原告久子及び一三の代理人は、昭和六一年二月二六日、好子に対し、共同で申告書を提出するか、好子が単独で申告するならば好子の申告書のコピーを事前に頂きたいという趣旨の申出をしたが、好子は、この申出を全く無視した。

(五) 原告久子は、相続財産中の不動産の調査のため、申告期限前に、芦屋市役所に赴いて、同原告がきくの相続人の一人であることの資料を示して、同市役所備付けのきくの名義の不動産についての土地課税台帳及び名寄等の閲覧を求めたが、担当職員は、好子の同意がないことを理由にその閲覧を拒否した。

(六) 原告久子及び一三は、前記調停において、昭和六二年九月四日付けで相続財産中の預貯金等の調査嘱託を神戸家庭裁判所尼崎支部に申し立て、これが採用された。そして、神戸家庭裁判所調査官中須賀隆志がそれらを調査し、昭和六二年一二月二三日付け調査報告書を提出したが、それによっても相続財産の内容は不明のままであった。

このように、原告久子及び一三は、本件において、期限内に相続税の納税申告書を作成して提出するため、可能な限りの努力を払ってその前提となる相続財産の内容の調査を尽くしたにもかかわらず、好子の執拗な相続財産の秘匿及びその他の諸事情により、原告久子及び一三並びにその代理人はもちろん、家庭裁判所調査官の調査によっても相続財産の全貌を知ることができず、申告書の提出期限内には相続財産の内容のほとんど全てが原告らにとって判明していなかったのであるから、原告久子及び一三が法定期限内に申告書を提出できなかったのはやむを得ない事情があったということができる。

したがって、本件において、原告久子及び一三が納税申告書を提出しなかったことは、国税通則法六六条一項ただし書きに規定する「期限内申告書の提出がなかったことについて正当な理由があると認められる場合」に該当する。

2  被告

(一) 原告らが主張する事情は、要するに相続財産の内容の不知という単なる主観的なものにすぎないものであって、右事情をもって正当な理由とすることはできない。

(二) 原告らは、期限内において相続財産の全容を知ることができなかったと主張するが、原告久子及び一三は、法定申告期限内に相続財産の内容を全く知らなかったわけではなく、その一部(きくの自宅敷地、竹園旅館及び三和銀行への貸地並びに三和銀行への預金四口)については、きくの相続当時既にその存在を認識しており、自分たちが現に把握している一部の相続財産だけでも相続税の基礎控除額を優に超過しており、したがって、相続税の申告義務を免れるものではないことを容易に認識し得たものである。

ところで、相続税の申告は相続財産の全容を把握しなければすることができないものではなく、相続財産の一部でも認識し把握していれば、期限内に把握した限りで申告することは可能であり、かつ、そうすれば無申告加算税を賦課されることもない。

そうすると、原告久子及び一三は、法定期限内に納税申告書を提出することが十分に可能であったといわなければならないから、原告久子及び一三が期限内に申告書を提出しなかったことにつき「正当な理由」があるとは到底認めることはできない。

(三) 原告らは、原告久子及び一三が可能な限りの努力を払って調査を尽くしたと主張するが、原告久子及び一三が申告期限内にした調査とは、きくと同居していた共同相続人の好子から相続財産の内容を聞き出すために遺産分割の調停を申し立て、その手続の中で好子に資料の提出を求めたことと、芦屋市役所に赴いていわゆる名寄帳の閲覧を求めたことの二つにすぎない。しかも、芦屋市においては共同相続人の同意がなくても固定資産課税台帳や名寄帳の閲覧をすることができるから、原告久子が本当に芦屋市役所まで赴いたか、名寄帳を閲覧するため有効な申出をし適切に折衝を行ったかには疑問がある。また、原告久子は、好子からの資料提出を期待するだけで、きくの自宅敷地や竹園旅館及び三和銀行への貸地につき必要な調査もしていない。

このように、原告久子及び一三は、遺産分割について係争中の相手方からの情報提供に期待するという最もあてにならない手段にこだわる余り、自らの努力により独自の調査方法を採るという姿勢に欠けており、当時採ることが客観的に可能であり相当であった全ての調査手段を尽くしたとは認められないうえ、原告久子及び一三がした調査方法が相続財産を把握するのに有効適切であったとも認められず、その結果、期限内に相続財産の把握ができず申告書を提出できなかったからといって、「正当な理由」があると認めることは到底できない。

第三争点に対する判断

一「正当な理由」の意味について

1 相続税は、いわゆる申告納税方式による国税であり、納税義務の確定を第一次的には納税者の自主的な申告に委ねる原則をとっている(国税通則法一七条以下、相続税法二七条以下)。そして、納税者の自主的な申告に委ねた法の趣旨に反して、納税者が適正な申告をしない場合には、自主的な申告納税方式を維持するために、各種の加算税を課するものとしている(国税通則法六五条、六六条、六八条)。

2 しかし、納税者が適当な申告をしようとしてもそれをすることができなかったような場合には、適正な申告をしなかったとしても申告納税方式の制度が害されるおそれがないから納税者に制裁を課すのは相当でなく、また、そのような場合に制裁を課すのは納税者に不可能を強いることになり酷であるから、そのような場合には加算税を課さないものとしている。加算税を課さない趣旨が以上のようなものであることからすると、加算税を課さない「正当な理由」(無申告加算税については法六六条一項ただし書き。)とは、納税義務者の無申告加算税という行政上の制裁を課することを不当あるいは酷ならしめるような事情をいうものと解するのが相当である。

3 このような法の趣旨からすると、法の不知や課税範囲の誤信などの単なる申告義務者の主観的な事情がそれだけでここにいう「正当な理由」に当たらないことは、被告が主張するとおりである。

しかし、原告らは、単に相続財産の内容を知らなかったために申告書を提出することができなかったということを「正当な理由」と主張しているのではなく、原告久子及び一三が、他の共同相続人の種々の遺産隠しの行為や態度、さらには市役所、税務署などの不適切な対応等の客観的事情によって、きくの相続財産の内容を知ることができない立場に置かれるに至ったため、きくの遺産の全部の内容を知ることができず、申告書を提出をすることもできなかったということを「正当な理由」として主張しているのである。したがって、これらの主張を、単に原告久子及び一三の主観的な事情として排斥することはできず、原告が主張するこれらの事情が主観的なものであって「正当な理由」に当たらないという被告の主張は採用することはできない。

4  なお、無申告加算税は、納税者が法定期限内に申告書を提出しない場合に原則として課されるものであり、「正当な理由」が存在すると認められる場合、例外的に無申告加算税を課さないとするための要件であるから、加算税の申告を免れようとする納税義務者の側にそれが存在することの主張立証責任があると解するのが相当である。

二相続財産の全容を知ることができなければ申告書を提出することができないか否かについて

1 相続税法は、相続又は遺贈(以下、単に「相続等」という。)によって被相続人から財産を取得した全ての者の相続税の課税価格の合計額がその遺産に係る基礎控除額を超える場合で、その者の相続税の課税価格に係る相続税額(同法一五条ないし一九条、一九条の三ないし二一条)があるときに、相続等によって財産を取得した者に対し、申告書の提出義務を課している(同法二七条)。しかし、その相続人が遺産の全容を把握するまでこの義務が発生しないとか、全容が把握できい場合にこの義務を免除すると定めた規定は存在せず、また、前記申告書の提出義務を定めた条項の解釈としても、納税者による相続財産の全容の把握という不確実かつ主観的な事情によって申告書提出義務の発生又は消滅をもたらすような解釈をとることは相当でない。

2 また、相続税の申告書には課税価格、相続税額その他の事項を記載しなければならない(相続税法二七条一項)から、適正な相続税の申告のためには、相続財産の全容を正確に把握している必要があり、納税義務者はその把握のために努力すべきことはいうまでもない。しかし、申告後に相続税額に不足を生じたり過大になったりするような事態が判明した場合には修正申告又は更正請求をすることができる(国税通則法一九条、二三条、相続税法三一条、三二条)ものとされていることからすると、相当な努力を払ったにもかかわらず法定申告期限内に相続財産の全容が把握できない場合に、とりあえず判明している相続財産の範囲内で相続税の申告をすることが禁止されるわけではなく、かえって、相続財産の全容が判明しない場合であっても、判明している範囲で相続税の申告をすることこそが予定されていると解するのが相当である。そして、このことは、納税者に判明し得た相続財産の価額が控除額(これ以下であれば申告義務はない)を超える場合であれば、その判明し得た相続財産が相続財産全体のどれくらいの割合を占めるかにかかわらず、基本的に妥当するというべきである。

3 このような申告さえしておけば、納税者は、少なくとも無申告加算税を賦課されることはない。また、申告までに判明していなかった相続財産が判明した場合にはそれについて修正申告書を提出すれば、更正を予知しない修正申告として(国税通則法六五条五項)過少申告加算税を課されることもなく、そうでなくても、申告した税額の計算の基礎とされなかった部分について、計算の基礎にしなかったことに「正当な理由」があれば、やはり過少申告加算税は賦課されない(同法六五条四項)のである。このように、やむを得ない理由によって相続財産の全容が判明しない場合、とりあえず判明している部分についてだけ相続税の申告をしておけば、これらの加算税を課されるおそれはないのであり、他方、このような申告及び修正申告の手続を納税者に求めたとしても、納税者に無理を強いるものではなく、何ら納税者に不当な負担を課すものということはできない。

したがって、相続財産の一部しか判明していない場合であっても、相続税の申告は十分可能であり、相続財産の全容が判明しなければ相続税の申告ができないという原告らの主張は採用することができない。

4  原告らは、本件においては、前述のとおり、相続財産の全容を把握できる立場から除外されていたうえ、好子が「未分割財産はなく、全ての財産は自分が相続した。」と主張しており、その立場におかれた平均的な能力を有する通常人が未分割財産はないと判断しても無理でない状況にあり、現に、法定申告期限後に判明したところでは、土地についてはほぼ全てを好子が遺贈と生前贈与によって取得していたのであるから、原告久子及び一三が、未分割財産がなく申告義務がないと信じたことには何ら責任がなく、また、このような場合に申告の義務を負うとしても、想定される申告方法はすべて問題があるから、原告久子及び一三が法定期限内に申告書を提出しなかったことについて「正当な理由」があると主張する。

5  ところで、被相続人の死亡によって相続が開始すると、それと同時に相続財産に属する権利義務一切が、相続人の知、不知又は事実的占有取得の有無を問わず、当然かつ包括的に相続人に移転承継されるという実体的効果を生じ、相続人は確定的な相続権を取得する。このことは、仮に共同相続人間において相続関係について紛争が生じ、これに関して訴訟や遺産分割等の調停(以下「訴訟等」という。)が係属していたとしても、当該相続人が相続を放棄しないかぎり右の実体的効果には何らの影響をも及ぼすものではない。このように共同相続人間で遺産分割につき争いがある場合には、法定申告期限までに分割が完了せず、各相続人が現実に取得する財産を確定することができない事態が生じ得るが、そのような場合に、取得財産を確定するまでは申告をすることができないとして、遺産分割があるまで申告義務を猶予することを認めたのでは、長期間にわたって遺産分割を行わないことにより、未だ現実に相続により取得した財産が確定していないことを理由に相続税を免れるという結果を来たし、相当でない。そこで、相続税法五五条は、相続財産の全部又は一部が未分割の場合には、一応各相続人が民法の規定による相続分に従って当該財産を取得したものと擬制して課税価格を計算することにし、その後に、これと異なる割合で当該財産の分割がされた場合には、その分割された内容に従って課税価格を計算し直し、これに基づいて更正の請求あるいは修正申告をすることができる旨を規定している。このことは、共同相続人の一部の者に相続権が有るかどうかが問題になっている場合や共同相続人への遺贈の可能性があるなどのために相続財産の範囲が問題になっている場合であっても同様であり、共同相続人の一人が未分割の財産はないと主張するため相続財産の全容が判明しなかったからといって申告の義務を免れるわけではない。

また、好子が全ての相続財産を自分が相続したと主張していたとしても、それと前記原告らが主張する事情だけで、当然に未分割財産がないと信じるような状況であるということはできず、このことは、結果として全ての相続財産が好子に遺贈されていたとしても同様であるし、法定申告期限内に当該財産が相続財産の範囲に含まれないのが明らかになっていたのであればともかく、法定申告期限後に相続財産でないことが判明したとしても、更正請求の原因とはなり得ても、そもそも申告自体を免れる根拠になるものではない。さらに、被相続人から相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額が相続税の基礎控除額を超え、かつ、その相続財産の取得者自身についても各種の控除後も相続税額がある場合には、その相続人は、相続税の申告書を提出しなければならない(相続税法二七条一項)のであるから、原告久子及び一三が申告期限前から存在を知っていたとされるきくの財産のうち土地のほぼ全てを好子が遺贈と生前贈与によって取得していたのだとしても、共同相続人の一人である好子が遺贈によって取得した財産も、当然に課税価格の合計額に参入して申告の要否が検討されるべきものであるし、相続人が相続放棄をしない限り申告義務を免れることはできないのであるから、原告久子及び一三が知り得た財産が好子に遺贈されていたとしても、相続税の申告をしないことが正当化されるものではない。このような場合、判明し得る財産を全て未分割財産として申告したとすると、原告久子及び一三が実際は相続財産に含まれていなかった土地についても一旦税金を負担することにはなるが、これらの財産が相続財産の範囲外であることが判明した時点で更正の請求をすることによって加重な税負担を免れることができるうえ、事情によっては延納の許可(相続税法三八条、三九条)を受けることもできるのであるから、納税者に過大な負担を課すことになるわけではなく、相続税法の趣旨に反するわけでもない。

6  したがって、相続財産の全容が判明していない場合であっても、相続財産のうち相続税の基礎控除額を超える部分について判明しているならば、相続人は申告義務を免れないのであり、このような場合は、相続財産の一部しか判明していなくても、相続税の申告は可能であり、むしろ、申告をしなければならないということができる。

三原告久子及び一三が知り得た相続財産の範囲について

1  そこで、本件において、法定申告期限前に原告久子及び一三がきくの相続財産についてどの程度知ることができたかについて検討する。

証拠によれば、原告久子及び一三と相続財産の間に次の各事実が認められる。

(一) 原告久子及び一三は、母きくが原告久子、一三及び好子を婚家に残してその夫である西村政治郎と別居して以来、めったにきくと顔を合わせる機会もなくなり、昭和三三年ころ好子が離婚してきくと同居するようになってからは、好子が右原告らときくとが会うのを妨げるようになったため、きくに会うことがますます困難になった。また、好子は、きくの死後も、原告久子及び一三に対して相続財産の内容を明らかにすることを拒んだ。(〈書証番号略〉、原告前中久子本人尋問の結果)

(二) 原告久子及び一三は、昭和六一年九月ころ、神戸家庭裁判所尼崎支部に対して遺産分割の調停を申し立てたが、好子は、その調停手続においても、その相続財産の内容を明らかにすることを拒み続けた。(原告前中久子本人尋問の結果)

(三) 一三は、昭和六一年九月一二日、三和銀行に対し、同年六月三〇日における残高証明の発行を依頼したところ、同銀行は、同日における同銀行ときくとの間の取引残高が、普通預金四〇万四一三〇円、納税準備預金九一万七八三三円、定期預金一六〇万円及び一七九〇万円であることを証明する書面を発行した。(〈書証番号略〉)

(四) 原告久子は、相続財産中の不動産の調査のため、申告期限前に、芦屋市役所に赴いて、同原告がきくの相続人の一人であると説明して、同市役所備付けのきく名義の不動産についての土地課税台帳及び名寄等の閲覧を求めたが、担当職員は、閲覧を拒否した。

なお、芦屋市役所においては、法定相続人であることが証明できれば、固定資産課税台帳、名寄帳の登録事項について照会できるものとされており、また、不動産登記簿の表題部及び甲区欄の内容並びに地番を対照するための地番図は、誰でも自由に閲覧することができるようになっている。(〈書証番号略〉、原告前中久子本人尋問の結果)

(五) 原告久子及び一三の代理人は、昭和六一年一二月二六日、好子に対して、共同で申告書を提出するか、好子が単独で申告するならば好子の申告書のコピーを事前に頂きたいという趣旨の申出をしたが、好子は、この申出にも応じなかった。(〈書証番号略〉、原告前中久子本人尋問の結果)

(六) 原告久子及び一三は、きくの財産として、自宅の土地建物、竹園旅館に貸している土地及び三和銀行に駐車場として貸している土地があったことを、申告期限前から知っていた。

この原告久子及び一三が知っていた土地の詳細は、次のとおりである。(〈書証番号略〉、原告前中久子本人尋問の結果)

(1) きくの自宅敷地は、普通住宅地区・家内工業地区に存する芦屋市東芦屋一〇六番一ないし五の各土地で、北側、東側及び南側を路線に囲まれ間口(北側道路部分)約26.25メートル、奥行(東側道路部分)約26.25メートルの宅地である。しかし、同所一〇六番二ないし五の各土地は好子に対して生前に贈与がされており、相続財産を構成するのは一〇六番の一の宅地(ただし、好子に対して遺贈されている。)171.34平方メートルだけである。

右宅地全体の路線価格は、正面路線、側方路線及び裏面路線のいずれも一七万四〇〇〇円で、奥行価格逓減率は、正面路線、側方路線及び裏面路線のいずれからも奥行距離が約26.25メートルであるから、各0.99である。また、側方路線影響加算率が0.07、二方路線影響加算率が0.03であるから、一平方メートル当たりの相続税評価額は、一八万二五九六円(17万4000円×0.99+17万4000円×0.99×0.07+17万4000円×0.99×0.03)であり、面積が171.34平方メートルであるから、その価額は、約三二四六万六五三一円となる。

(2) 三和銀行に駐車場として賃貸している土地は、普通商業地区・併用住宅地区に存する芦屋市船戸町三八番一のうち北側の約351.56平方メートルの土地で、間口(東側道路部分)が約18.75メートル、奥行(北側道路部分)が約18.75メートルのほぼ正方形の角地である。

右土地の路線価格は、正面路線の路線価が三四万円、裏面道路の路線価が二二万円で、奥行価格逓減率は、正面路線、側方路線のいずれからも奥行距離が約18.75メートルであるから、各0.99である。また、側方路線影響加算率が0.10であるから、一平方メートル当たりの相続税評価額は、三五万八三八〇円(34万円×0.99+22万円×0.99×0.10)であり、面積が約351.56平方メートルであるから、その価額は、約一億二五九九万二〇七二円となる。そして、普通商業地区・併用住宅地区における借地権割合は七〇パーセントであるから、貸地とした場合の相続税評価額は、約三七七九万七六二一円となる。

(3) 竹園旅館に賃貸している土地は、普通商業地区・併用住宅地区に存する芦屋市船戸町三八番一のうち南側445.31平方メートルの土地で、間口(東側道路部分)は約18.75メートル、奥行(竹園旅館の北側部分)は約23.75メートルのほぼ長方形の土地である。

右土地の正面路線の路線価は三四万円で、正面路線からの奥行距離が約22.75メートルであって、奥行価格逓減率は、0.97であるから、一平方メートル当たりの相続税評価額は、三二万九八〇〇円(34万円×0.97)であり、面積が約445.31平方メートルであるから、その価額は、約一億四六八六万三二三八円となる。そして、普通商業地区・併用住宅地区における借地権割合は七〇パーセントであるから、貸地とした場合の相続税評価額は、約四四〇五万八九七一円となる。

(七) 原告久子及び一三は、昭和六二年四月一五日付けの内容証明郵便によって、好子に対し、好子がきくから遺贈又は生前贈与を受けた不動産について、遺留分減殺請求の意思表示をし、右意思表示は、翌一六日好子に到達した。(原告久子及び一三が右意思表示において遺留分減殺の対象にしたのは、きくが好子に遺贈した土地(①兵庫県西宮市甲子園口三丁目三八七番の宅地452.89平方メートル、②同県芦屋市東芦屋町一〇六番一の宅地171.34平方メートル、③同市船戸町三一番三の宅地382.24平方メートル、④同所三八番一の宅地812.72平方メートル、⑤同所三〇番八の宅地3.78平方メートル、⑥同所三三番一四の宅地177.02平方メートル、⑦同所三〇番の宅地391.66平方メートル、⑧同市東芦屋町一〇九番の宅地148.76平方メートル)、きくが好子に生前贈与した不動産(①兵庫県西宮市甲子園口三丁目三八七番所在の家屋番号三六五番の木造瓦葺二階建居宅、②同県芦屋市東芦屋町一〇六番地の一所在の家屋番号一〇六番の一の木造瓦及合成樹脂葺二階建居宅、③同市東芦屋町一〇六番の二の宅地189.58平方メートル、④同所一〇六番の三の宅地16.59平方メートル、⑤同所一〇六番の四の宅地16.54平方メートル、⑥同所一〇六番の五の宅地141.45平方メートル、⑦同所一〇六番地の一、同番地の二所在の家屋番号一〇六番の二の木造瓦葺二階建居宅、⑧同市船戸町三〇番一〇の宅地112.45平方メートル)及び未だ判明していなかったその他の財産である。なお、原告久子及び一三は、右意思表示に際し、好子が遺贈を受けたとして移転登記手続をした土地の一部について、好子の代理人を通じて交付を受けた公正証書に記載されていないために遺贈の対象であることを争うことを予告している。)(〈書証番号略〉)

(八) 原告久子及び一三は、前記調停手続において、昭和六二年九月四日、好子が提出した申告書には預貯金関係の記載がほとんどない(きくの死亡直前に存在した三和銀行の約二一〇〇万円の預金さえも記載されていない。)からとして、神戸家庭裁判所尼崎支部に対し、預貯金、国債、株券等についての調査嘱託を申し立てたが、同家庭裁判所調査官の調査によっても、預貯金関係はほとんど明らかにならなかった。(右調査官が作成した昭和六二年一二月二三日付けの報告書によると、きくの相続財産中未分割のまま残存することが判明した相続財産として、芦屋市船戸町三〇番及び同所三〇番八の各土地(地積はそれぞれ391.66平方メートル及び3.78平方メートル)のうち296.05平方メートル(好子が提出した相続税申告書における記載額は二八万一二三二円)及び同市松ノ町三四番二の土地108.56平方メートル(好子が提出した相続税申告書における記載額は九一一万九〇四〇円)並びに三和銀行芦屋支店の預金(定期預金、普通預金等)合計二一〇五万九四六一円、太陽神戸銀行芦屋駅前支店の預金(定期預金、普通預金)合計二二二万二四二九円及び兵庫相互銀行芦屋駅前支店の預金(普通預金)二〇万三六五八円などの記載があった。)(〈書証番号略〉、原告前中久子本人尋問の結果)

(九) 法定申告期限後、原告久子及び一三は、好子から同人の申告書の写しを手に入れたが、被告の期限後申告の勧めにもかかわらず、ついに申告書を提出しなかった。(原告前中久子本人尋問の結果)

2 以上の事実を総合すると、原告久子及び一三は、相続税の法定申告期限内に、本件相続財産のうち、被相続人の自宅敷地、竹園旅館及び三和銀行への貸地並びに三和銀行への預金四口の存在を認識していたのであり、このうち、好子がきくから生前贈与を受けていた財産を除いても、その合計金額は当時の基礎控除の額である三二〇〇万円をはるかに超えていて、また、原告久子及び一三が遺産分割の調停を申し立てていることにより相続権を放棄する意思がないと認められるから、原告久子及び一三としては、少なくとも、この部分については申告が可能であり、また、すべきであったということができる。

原告久子は、これらの不動産についてはっきり知っていたわけではないという趣旨の供述をしている。しかし、被相続人の自宅の敷地については原告久子及び一三においてその所在場所を熟知していたし、竹園旅館及び三和銀行への貸地はいずれも駅からの距離も近く又その性質上開放性や周知性が高くその所在場所を知るのは容易である。そして、その所在を地番図(誰でも自由に閲覧できる。)と対照することによって地番も知ることができ、それによって登記簿で所有者等を確認することができるのであるから、相続税評価額計算の基礎となる路線価図(一般に市販されているほか、大阪国税局管内の各税務署及び大阪国税局に備え付けのうえ、常時閲覧に供されている。)、地形及び面積の基礎的な知識があれば、近隣の税務署又は国税局に問い合わせることにより、容易に相続税評価額を知ることができるものである。したがって、原告久子及び一三が、これらの不動産や前記の預金の合計額が相続税の基礎控除の額を超えていることは容易に認識することができたものであるから、それをしないで、それらの財産の詳細を知らないからといって、申告書を提出できなかったことにやむを得ない事情があったということはできない。

3  原告らは、本件において、原告久子及び一三への無申告加算税の賦課を免れないとしても、同人らに認識することができた財産は自宅敷地、三和銀行及び竹園旅館への貸地及び三和銀行への預金の一部だけであり、他の部分については知ることができず申告しなかったことに正当な理由があると認められるにもかかわらず、本件処分において好子が未分割財産として申告したもの全部を無申告加算税の対象としているのは、その一部について国民に不可能を強いるものであり、違法だと主張する。

しかし、仮に原告らが主張する相続財産の内容を知り得ない事情が正当な理由と認められるとしても、それにより正当化されるのは、正当な理由が認められる部分について申告をしていないことだけであって、原告久子及び一三に判明している部分についてまで申告しないことが正当化されるわけではない。原告久子及び一三は、相続財産の一部とはいえ基礎控除額を超える財産を認識することができたにもかかわらず、その部分についてさえも申告書を提出せずに、納税者の自主的な申告に税金の徴収を委ねた申告納税方式の趣旨そのものを没却させるような行為をしたのであるから、被告が右相続財産の全体について無申告加算税を賦課したとしても、それは自主的な納税方式を維持するためにやむを得ない手段として是認することができ、このことを不当視することはできない。

原告らが主張する事情が正当な理由に当たるとすれば、原告久子及び一三が申告期限内に判明している部分についてだけでも申告書を提出していれば、過少申告加算税を課されることもなく、期限後であっても申告書を提出さえしていれば、税額の計算の基礎に入れなかったことに正当な理由があると認められる部分を控除したうえ無申告加算税が課される(国税通則法六六条二項、六五条四項)ものとされているのであるから、本件処分が納税者に不可能を強いるものということはできない。なお、前記認定事実によれば、原告久子及び一三は、申告期限後、好子の申告書の写しを入手しており、被告から期限後申告を勧められたにもかかわらず、これをしなかったのであるから、右原告らは自ら無申告加算税の額を増大させたものというべきであり、原告らの右主張は採用することができない。

4  したがって、原告久子及び一三は、たとえ一部であったとしても、相続税の基礎控除額を超える相続財産の存在を認識することができたのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告久子及び一三が本件相続に関し、相続税の申告書を提出しなかったことについて、正当な理由があると認めることはできない。

第四結論

以上のとおり、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官北川和郎 裁判官吉野孝義は差し支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官辻忠雄)

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